日本独自の◯◯道 大事だったんですね…と、言うはなし


日本にはたかが筆で墨を使って書くにも書道と言う道がある。
また、たかがお茶を嗜むにも茶道と言う道がある。

見方によっては本当に面倒臭いしきたりや作法手順があり、それを〝面倒〟な事として多くの人は敬遠した(はず)。
一方でそれを突き詰めて〝道〟を追い求め、名人の域に達し、それはもう日本の文化として立派に君臨する、否、欠かす事の出来ない文化や精神の柱となって君臨している事もまた事実。

同じく若い頃「こんなのいらねーよ」とタカを括っていたのは自動車教習所の、礼儀お作法の様な教習。
〝求めるべきはドライビングのスキルだ!〟
等と真剣に思ってきた。

しかし年を重ねて少々の落ち着きを持つと、なるほどと思う事が非常に多い。それが全てとは言わないが、少なくとも安全に関しての心構えと言うか、取り組みやちょっとした注意の見落としを防ぐには最大公約数的な作法であると思える。

そんな中で最も日本的なお作法と煩わしさに則られているのが役所の様々な手順であろう。それが職員に多大な負担を掛けていることは百も承知だった。だからこそ緩和や負担軽減が叫ばれ、ITの導入が進められているとも聞く。

今回大阪、就中維新のデタラメな行政を見て、その面倒なお作法がどれだけ大事かを見て取れたのではないか?と思う。
あの面倒な議事録も、くそ面倒な書類の申請も、結局はデタラメを防ぐ最も有効な証明になる事を、デタラメを持って知ったと言うのが実際のところではないか?と思う。

進化に伴う変化は必要だが、省略はダメだ。
そんな問題の集大成がこの咲洲メガソーラー、上海電力問題が教えてくれたのではないか?と思う。

第一回目のYouTubeをこんな感じで纏めました。

議事録や記録の残っていない事を探るには随分と手間が掛かりましたよ。
キチンと議事録が残っていれば一発だったのにね。
まぁ残せなかったんでしょうけど。

役所も動いた様ですね。


面倒な日本式が実は非常に優れたシステムだった。
灯台下暗しとは良く言ったモノです。

追伸:当Blogの所有者が変わる為URLが変わります。新しいURLは isr-lab.blog となります。暫くリダイレクトを掛けますが、中のリンクを手作業で変更しなければならない為、一部、表示が上手くいかない場合もございます。
今後とも宜しくお願い申し上げます。