香港メディックの事…



 今年の冬のこと。
 友人でありメディックグループの会長である田中氏からマカオでお食事のお誘い。
いつもは強気の会長がいささかこの日は小さく見えた。タイミングを見計らい何があったか聞くと業務を委託していたパートナーに根こそぎやられたと。

 大体、こう言う話しはやられた側が大袈裟に言う傾向がある。
コンサルタントとして入って中を見たら会長が知らないレベルでトンでも無い事が山の様になっていた。会長は"大袈裟"に伝えた訳じゃなく、結果的にかなり"小袈裟"(そんな言葉があるかどうか知らないが…)な話しだった、と言うありがたく無いオチが付いてきた。

 「普通ココまでやるかな…???」と言うレベルな位やりまくってて弁解の余地は1mmも無いような惨状だった。
 この時、よほど撤退を勧めようと思ったが、その悔しさは痛いほど分かる。去年の病気でほぼ1年近く寝込んだ事、
或いはその昔、上海を撤退した時の事。

 窮地に陥っている友人の顔を見てほって置けなかったと言うのが正直な心境。
この時、自分もまだ民事裁判中でチームとの関係が極度まで悪化しているし、さて、どーしたもんかね?と言うのが偽らざる気持ちだった。

結果、コンサルとして引き受けて会社に行き問題点を確認した。


  • 決算をしていない
  • 巨額の使途不明金
  • 労務管理など従業員の雇用契約書すら結んでいない
  • 商品の行方不明
  • 1年半で250枚に渡る小切手の行き先

                            etc,,,etc........

ひと言で言うと「どーなっちゃったんでしょ?」と言う様な状態だった。
当然、日本側は金融機関も事情を説明しろと迫っていると言う。

 コンサルを引き受けた事を隠して問題の当人を呼び出した。ざっと説明すると『それはアッチの言い分でしょ?』と清々しい位のKYぶりだった。心の中で「どう考えてもあんたの仕業なんだけど…」と思ったが心の中にしまっておいた。その方が後でカードとして使えると思った。

 そう言う訳で、瀕死の重症を負ったこの会社の再生を請け負った。予測では7月までにある程度の問題を解決すれば万々歳と思って欲しい、と伝えた。

暫く放置していたこの会社のblog。
このリポートを暫くしながら、どの様に再生していくかを綴っていきます。